第547週~写文俳句

春光の巧と知れど山を恋い

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春の光には異性の蠱惑(こわく)のような艶がある。特に楽しいことがあるわけでもないのに風薫る季節にはなんとなく心が弾み、どこかへ出かけたくなる。花の犇(ひしめ)く梢に風がきらりと光ると、年齢を重ねた人でも若返るような気がする。春という季節には永遠の青春がある。

春はまた別れの季節でもある。卒業、入事異動、それらに伴う移転などによつて、親しい人と別れて行く。別れは辛いが、新たな出会いの母体ともなる。このように人は出会いと別れを繰り返しながら、人生という繰り返しのきかない時間を生きていく。春の愁いとは別れに伴う悲しみをいうのであろう。その愁いを償うために人は春光に誘われて山のかなた、新たな地平を想うのかもしれない。

 

初出:2007年5月ほんとうの時代(PHP研究所)