第616週 写文俳句2月その1

機影追う地空の境風光る

二月はまだ厳寒である。だが、下旬に入ると寒気が急に和らぎ、風が梢にきらりと光るようなことがある。目の錯覚かとおもって梢の先を追うと、まだ樹林の芽は閉じられているが、心なし脹らんでいるように見える。

梢に弾む柔らかな陽射しに誘われて小さな林の中に踏み込むと、林床に気の早い野の花が一、二輪咲き始めている。冬将軍はまだしっかりと腰を据えているが、春の先兵がすでにこんなところに忍び寄っていた。

街角に梅の気品のある香りが漂い、太陽の位置が高くなるにしたがい、都会の地平線は烟ってくる。通りすがりの家の縁側で、猫が気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。少女の詩片をふとおもいだした。

——目の前で眠っている猫に聞いた
「お前は幸せ」?
聞ける余裕があるんだから
自分も結構
幸せなのかなあって思ったら
少し楽になった——|森村冬子

本格的な春が訪れるまで、まだ何度か寒波を潜り、雪や霙を見るかもしれない。雪国ではなくても、春を待つ想いはひとしおである。視野はまだ冬の姿であるが、陽の光の柔らかさは冬構えの中に花の反乱を予感させる。

自分の人生に疑いを持たない人はいない。特に若い時代は無限の可能性と同時に、不安が同居している。歳を重ねるに従い、未知数が少なくなるが、過ぎ来し方を省みて、果たしてこれでよかったのかと揺れ動く。自分の人生と生き方に絶対的な自信を持っている人は少ない。我、事において後悔せず、と言いたいところであるが、後悔はしないまでも、もっと別な、あるいはベターな生き方や経路があったのではないかと迷うのが多数派である。

ましてや、世界的な金融不安や政情不安定、テロの横行、環境汚染による地球温暖化など、不安材料に満ち溢れている今日、人生に迷いのない人はほとんどいないであろう。

初出:2008年2月梅家族(梅研究会)