第620週 写文俳句3月その1

三月の声を聞けば、もう春である。時折、北の方から寒波が巻き返してくるが、もう厳寒期のようなことはない。冬将軍がどんなにあがいても、その独裁勢力は衰退の一途をたどっている。

長かった冬の反動のように、南方から北上してくる桜前線の気配は日増しに濃くなっている。北国ほど春を待つ想いは強いであろう。

旧暦では一年を陰と陽に分け、三月から八月までを陽の月と規定した。そんな規定がなくとも、三月に入ると陽射しは日増しに強くなり、夜は月影が霞む。

三月は年度月でもある。官庁や各企業は三月をもって会計年度とし、決算をする。

三月は移(異)動の季節でもある。入学、卒業、入社、転勤、それに伴う移転など、人間と人生が移動する。季節の”陽転”に伴う移動は、せめて別れの悲しさや切なさを、季節の明るさによって癒し、償おうとしているのであろうか。

社会に出る前に何度か学校を卒業した。卒業式の後、校門でバイバイと昨日までの延長のようになにげなく別れた学友と、その後一生、再会しないことも多い。明日もまた教室で会えるような錯覚をもって、ごく日常の別れの一つとして二度と会えない人と別れたのである。

「さよなら」とつぶやいた後
思わずもう一度
振り返った
この笑顔に今度会えるのは
いつなのだろう
ほこりまみれの制服は
私達を思い出色にかすめてく
何色もの寄せ書きがつまった
卒業アルバムを
しっかり抱きしめながら
私はあの日
正門を出た (森村冬子)

告別の人去りやらず寒椿

初出:2008年3月梅家族(梅研究会)