第626週 写文俳句4月その3

花あれば花一ひらの行方あり

一代の歌人・宮田美乃里氏は桜の花をこよなく愛し、その開花をひたすら待ちながら、満開の少し前にこの世を去った。歌人であり、バイレオーラ(フラメンコダンサー)であった宮田美乃里氏は進行性の乳がんに侵され、余命数ヵ月と宣告された。

ただ生命を引き延ばすことに価値を見いだせなかった宮田氏は、時が満ちて野の花が咲き、そしてあるがままの姿で散っていくように生き、そして死にたいと望んだ。

宮田氏を写真家・荒木経惟氏との共著である写真画集『乳房、花なり。』で知った私は、彼女を小説の形で書き止めておきたいという猛烈な衝動をおぼえた。そして彼女の余命と競走するように、『魂の切影』を書いた。

病床の枕頭で取材が終わると、彼女は激しく消耗していた。私の取材によって彼女の寿命を少し縮めたかもしれない。次の取材日を約束して帰るときは切なかった。約束はしたが、次はないかもしれない。余命と競走する取材が十余回つづいた。

そして、次の取材予定数日前に彼女の訃報が届いた。

その年は例年になく寒く、桜の開花が遅れたのである。訃報後数日にして、彼女があれほど待ち望んでいた桜が咲いた。私は彼女の御母堂から、最期に詠んだ一首を伝えられた。

散る前に最期の桜見たいのよ
癌病棟の薄日の中で

初出:2008年4月梅家族(梅研究会)