第636週 写文俳句6月その4

親子傘梅雨彩りつ時の色

日本の雨は、特に梅雨は世界の文化遺産である。かつて理想的な雨模様の日、なんの用事がなくとも傘をさして街をあてもなく歩いた。雨の名所はほとんど絶滅しているが、雨はどんな凡景も花見に劣らぬ雨見の対象にしてくれることを、私たちは忘れかけている。かつて傘を分けた雨は、タクシーを分ける。

街角でふと触れ合った傘と傘。袖ならぬ傘振れ合うも多生の縁である。日本の雨はそんな縁を生むように優しい。そんな優しい雨の伝説を探してあてもなく街に出るのも、六月である。

早春から四月、五月にかけて未来指向型であるが、六月は過去指向型、臆面もなくセンチメンタルな季節である。それも意識的に過去を振り返ったり、懐かしんだりするわけではない。

振り向けば帰りたくなる想い出に
わざと背を向け私は歩く   (森村冬子)

雨に濡れてふとおもいだす過去や、傘が触れ合った人の人生を想像したり、時には全く未知の人の人生を肩越しに覗く、すれちがう一瞬の女性の面影のように覗いてみたいという雨に誘発された気まぐれな感傷である。

おもえば予定に縛られた現代の暮らしには、気まぐれな感傷が少なくなっている。そのことをおもいださせるような六月の梅雨である。

初出:2008年6月梅家族(梅研究会)