第637週 写文俳句7月その1

街や野山を彩った新緑に梅雨がたっぷりと水分を補給すると、いよいよ夏の開幕である。立夏は花の色と香りに交代して、夏の色に染まり始める時期である。瑞々しい緑に染まる夏の色は、艶(つや)めいた香りを伴う。

六月の梅雨の晴れ間は、すでに夏の装いである。若い季節が急速に生(お)えて成熟してくる六月末から七月初旬にかけては、一年のうちで最も官能的な時期である。盛夏の完全燃焼に向かって、街も山も海もエネルギーを蓄えている。四季折々に、各月それぞれにドラマがあるが、夏ほどドラマティックな季節はない。地平線や水平線に沸き立つ雲の峰に、遠方への憧憬をかきたてられるのもこの季節である。

夏の風景は一見男性的であるが、そんな単純なものではない。他の季節は閉鎖的な女性や街や山や海も、夏はしごく寛大に開放し、毎日が宴のように節操がない。むしろ卑猥(ひわい)になる。

日本の家屋はおおむね夏向きに建てられている。すなわち冬の寒さと夏の暑熱、どちらをしのぐかとすれば、冬は耐えても夏は躱(かわ)そうという発想である。夏向きに建てられた暮らしの拠点と同様に、住人も夏は開放的になる。夏という季節は自然だけではなく、人間の心も体も開放する。

夏ほど多彩な行事が目白押しの季節は、ほかにはない。まず祭り、登山、海水浴、夜の縁日、花火、盆踊りなど、枚挙(まいきょ)に暇がない。江戸期に盛んであった縁台の夕涼みも下町に生き残っている。

夏の風物である多彩な行事は、平和のしるしでもある。これが戦時になると、夏の自由奔放さはほとんどすべて奪われてしまう。

息ひそめ出陣待機笞(しもと)打つ雨

初出:2008年7月梅家族(梅研究会)