第653週 写文俳句10月その3

残り香を月に託して君去りぬ

学生時代、男女数人のグループで苗場山登山を試み、その山麓の渓谷に湧く一軒宿の秘湯、赤湯温泉に泊まった。夕食後、上流の河原に湧く露天風呂に出かけた。裸になって飛び込んだのは男たちだけで、同行した女性たちは足湯だけを使った。

間もなく満月が山の端に昇り、蒼い月光が渓谷を染めた。月は徐々に高度を高めながら、切り立って狭くなった渓谷の空を渡り始めた。男たちはいい気分になって足湯を使っている女性たちに、しきりに露天風呂へ入れと勧めた。女性たちは大いに心を動かされ、いまにも服を脱いで入りたそうに逡巡していたが、渓谷の空を渡り終えた月が山の端に隠れてしまった。

私はその夜、月光にも残照があることを知った。急速に暗くなった渓谷の底にも、しばらくは月の余光が残っている。女性たちはシルエットとなって、次第に深まる闇の中に溶けかけていた。むしろ、混浴するには、女性たちにとって恰好の環境となったが、かえって彼女らは羞恥をよみがえらせた。

あのとき彼女らが衣服を自ら剥いで混浴したら、また別の想い出が生まれたであろうが、月の入りと共に、彼女らは月光による興奮から冷めてしまったようである。

衣服をまといながらも、月光に染められた彼女らの神秘的な姿態は、青春の幻影のように、いまだに私の瞼に刻まれている。

初出:2010年10月梅家族(梅研究会)