第685週 写文俳句6月その1

幻影を追いたる傘や梅雨走る

新緑に燃えた街が柔らかく烟(けむ)っている。梅雨前線が停滞して日本列島は鬱陶しい長雨に閉じ込められる季節であるが、夏の猛暑に備えて植物にたっぷりと水分を補給する貴重な季節でもある。

長雨というが、三日以上つづくことはめったにない。梅雨の末期に豪雨が降って水害をあたえることもあるが、六月の雨が少ないと、日本列島は水不足で干上がってしまう。霧のような雨が降りつづいて、森羅万象(ものみな)の輪郭がソフトフォーカスに烟る。こういう雨は一年のうちでめったに降らない。六月の雨季ですら、梅雨の晴れ間があって、せっかくの雨が断続してしまう。

六月は新緑の五月と、海・山開きの七月にはさまれて分が悪いが、世界各国を旅行して日本に帰って来ると、この季節の貴重さがよくわかる。六月の雨を梅雨(つゆ)と呼ぶが、雨季(うき)とか長雨(ながさめ)に比べて、なんと情緒的な呼称であろう。梅雨に烟る街を行く人々の表情は、常よりも優しく見える。江戸期には、この季節に雨見(あまみ)と呼ぶイベントがあったという。花や星を見るように、雨を見に行くのである。

初出:2010年6月梅家族(梅研究会)