第654週 写文俳句10月その4

名乗らずに別れたる人月化粧

翌朝、快晴に恵まれて、苗場山頂に達したが、彼女らはすでに凡女に還(かえ)っていた。彼女らの目にも、男たちがどんぐりのように見えたことであろう。あの一夜、私はまさしく彼女らの一人に恋して、翌日、その恋から速やかに醒めてしまった。一夜の月を仲介にした恋であったが、その後、そのような体験をもったことはない。

人工照明に月光が圧迫されたせいか、あるいはせっかくの月光の恩恵に不感症になってしまったのか。いずれにしても、十月の月は男女の危険な触媒となる。相手に騙されるのではなく、月に騙されるのである。

だが、月光に騙されなくなったときは、初心を忘れ、感受性が磨滅している。

初出:2010年10月梅家族(梅研究会)