第550週~写文俳句

カブト追う幼な子の夢夏逝きぬ

P0265

夏の想い出は多彩である。恋、旅、花火、祭り。だが幼少時の追憶が断然すべての想い出を圧倒する。それはやはり夏休みのせいであろう。なんの責任も、担当する仕事もなく、一カ月余あたえられる休暇は、幼少時の特権である。夏のすべての行事をより取り見取りの幼少時の自由は、長い苛酷な人生の原動力となる。

幼いころの夏、私は母の実家に預けられて、多勢のいとこたちと川遊びに興じたり、森にカブトを追ったりした。その母はすでに亡く、共に遊んだいとこたちも社会の八方に散った。鬼籍に入ったいとこもいる。

あの夏の日の川や森の遊びは、現実か、幻影か、定かでないような遠い過去に、永遠の心の原風景となって固定されている。幼少時、幸福な夏の想い出をもつ人は、臆面もなく感傷的(センチメンタル)である。

初出:2007年8月ほんとうの時代(PHP研究所)