第703週 写真俳句歳時記

ビル一体雲を映して秋構え

まだ梅雨が残り、夏の暑熱が感じられない時期に、海開き、山開きを迎える七月に対して、八月の末は超真夏日につづき、猛烈な残暑がはびこっているうちに、海、山を閉じてしまう。季節とライフスタイルがうまく歩調が合っていない感じであるが、夏を無理やりに暦に合わせている。

だが、台風を何度か重ねるごとに、日に日に空は高くなっていく。日本列島のように四季のメリハリが強い環境は、俳句や写真の温床ともいえる。十月の初旬まで、海で泳げそうな残暑がはびこっている。

日中、残暑をおぼえることはあっても、朝夕はめっきりと涼しくなっていく。灯火、読書に親しんでいると、虫時雨に包まれている。読書に集中していた視覚が聴覚に切り換えられる。

そんな夜、窓を開けて空を仰ぐと、視野の限り、星の海である。それぞれの位置に布置する星の陣形に星座の伝説を探していると、山や建物の陰に隠れていた半月が覗いたりする。そんなとき、月は邪魔者でしかない。せっかく星の陣形に探していた伝説を月が壊す。そんな夜の主役は星であって、月ではない。

視角(アングル)を月から星へ移すのは容易であるが、その逆は違和感がある。それは伝説の重みである。月の伝説は限られているが、星の伝説は無数に多い。晴れた夜、見上げる星の海には無数の伝説が犇いている。それは星を見上げる無数の人々の人生や生活史と重なり合い、無限の想像力に新たな伝説を育む。

星の海は伝説の大海であり、星の海を見上げたとき、ふと、自分の人生や生活史と重ね合わせて、いまは亡き人々や、疎遠になった過去の知人の面影を探すのも、この季節が多い。

夜空が澄み渡るこの季節、月や星にあまり関心がない人々も、頭上に広がる星の海に追憶を重ねる。夜空が美しい時期に未来を追う人はあまりいない。夜空に追憶を追える人は、おおむねハッピーな人生に恵まれている。

初出:富士通写真俳句歳時記2010年10月