第546週~写文俳句

誰(た)ぞ住むや静寂(しじま)の奥の花構え

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花の季節、空に昏れ残る小豆(あずき)色の残照を追いながらさまよい歩く。降り積る夕闇の底から濃密な花弁が重なり合いつつ妖しく立ち上がってくる。満開の花の問に隠れていたような別荘風の家の前に出た私は、たまたま開いていた門の問からおずおずと中を覗き込んだ。無人のようにひっそりと静まりかえった家に優しげな灯火が点(とも)り、庭の美事な花構えを巧(たく)まずしてライトアップしている。

みかん色に映(は)える窓の奥に佳人(かじん)のおもかげを想像しながら、花ある下の美しい花の物語りを早くも心の中に紡(つむ)ぎ始めている私である。その物語りはたいてい悲恋であり、私の青春の幻影である。桜の花には春の愁いがこめられているようである。

 

初出:2007年4月ほんとうの時代(PHP研究所)