第549週~写文俳句

母と子の一瞬を乗せ水光る

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飛騨古川の生活用水路に沿って歩いていた。用水沿いの家並みは森閑と静まり返り、人影はない。水に光が砕け、用水には鯉が多彩な色彩を溶(と)いていた。人生のたまゆらの休暇。まさに魂が洗われるような情景を私は独占していた。

町中を曲流する用水を折れ曲がると、母子連れが用水を覗いていて、母が鯉に餌をあたえながら幼な子にしきりになにか語りかけている。手にすくい取って永久保存しておきたいような微笑ましい光景であった。母は老い、子は速やかに成長する。たとい健在であっても、幼い視野に烟(けむ)っていた若き日の母、愛らしかった幼な子の両者を無情な時間の壁が隔てる。それぞれの人生の宝物を即興の句と一瞬のシャッターに定着した。

初出:2007年7月ほんとうの時代(PHP研究所)