第552週~写文俳句

残り香を紅葉と共に人去りぬ

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樹葉が色づき、秋の香りが煮つまってくる。林間に落葉を焚く煙がたゆたい、秋色が濃厚になる。そんな林を歩いて行くと、稀にすれちがう人の面が紅葉の反映を受けて薄く紅潮している。

時に落葉なだれに見舞われることがある。頭上にカサとかすかな音がして、見上げるとあるともなしの風に誘われて枝を離れた落葉が、他の葉に触れ、たちまち全樹全林に波及して紅のなだれに包まれている。

帽子の縁に落葉が引っかかっていることもある。若き日、想いを寄せた異性と語り合いながら林間をさまよい歩いていたとき、突然、落葉なだれに押し包まれて言葉を失った。異性は、荘然として立ちつくしている私を残して幻のように去って行った。芳(かぐわ)しい秋、紅葉の中に、私は片思いであった異性の残り香を探している。

初出:2007年10月ほんとうの時代(PHP研究所)