第634週 写文俳句6月その2

長雨や街の遺骨を吊り上げて

国境から追い返された私は、それがトラウマとなり、まずモスクワに乗り込み、そこからソ連側の国境まで飛行機で飛び、断続した旅をつなげようと考えた。

だが、外国人旅行者が入れるのはアルメニア共和国の首都エレヴァンまでであり、結局、イラン・ジョルファからエレヴァンまでの四十キロほどは途切れたまま残された。

この二部にわたる旅行の間、雨は一滴も降らず、私の心身は渇ききった。ようやくエレヴァンからモスクワまでの往復の旅を完成して帰国して来たときは、日本は梅雨の最中にあった。連日晴れ渡り、限りもない砂漠や泥漠から砂嵐を運んでくる旅中に比べて、日本は霧のような雨に烟り、森羅万象の輪郭がソフトフォーカスに潤んでいた。霧雨の中を色とりどりの傘が彩り、道行く人々の顔が穏やかに見える。街角や路地の奥に紫陽花が雨に濡れて本領を発揮している。

渇ききって、毛穴まで砂漠の細かい砂が埋まったような身体が、一気に生気を取り戻すように感じた。このときほど、いつもは鬱陶しい梅雨が好ましくおもえたことはない。

初出:2008年6月梅家族(梅研究会)