第635週 写文俳句6月その3

寄り添うて傘を分けたり通り雨

夕暮れどきから夜になると、さらに雨景は極まる。夕闇が薄墨のように降り積もり、灯火が雨の中に潤む。霧雨は夕闇を運び、未練がましく暮れ残る街角は幻影のように靄っている。海外ではこんな風景はめったに見られない。晴れればかんかん照り、雨が降れば土砂降りである。

私は太陽と砂の世界から、日本の優しい梅雨の中に帰って来て、雨の恩恵というものを知った。日本の雨、特に六月の雨は人間の乾いた情操を潤す。物質文明の驚異的な発達によって人間不信のシステムが発達し、人類が便利性の奴隷と化してから、六月の雨も以前のように長雨ではなくなったような気がする。

梅雨らしい霖雨が街を優しく烟らせたかとおもうと、次の日は晴れてしまう。梅雨の晴れ間どころか、雨期でも晴れている日の方が多いようである。また少し雨がつづいたかとおもうと、なんの情趣もない土砂降りや大雨になってしまう。

街の優しい点景である蛇の目傘はほとんど絶滅し、味もそっけもない折り畳み式や、ビニール傘が幅を利かす。男女の相合い傘もあまり見かけなくなった。相合い傘で行くくらいなら、タクシーを停めてしまう。

初出:2008年6月梅家族(梅研究会)