第646週 写文俳句9月その1

月光を分けたるごとし町姿

月光には毒があると言い出したのは、もしかすると私かもしれない。中秋の名月が中天にかかり、蒼(あお)い光を惜しみなく降りこぼしているような夜、素直に眠るのが惜しくなって、だれに誘われたわけでもないのに、ぶらりと外へ出ることがある。そんな夜を粋人は「可惜夜(あたらよ)」と名づけた。

一人で月を見ても、面白くもなんともないが、なにか心に疼くようなものをおぼえる。

深夜、寝静まった住宅街に一つだけ消し忘れたように灯の洩れる窓があると、いかにも佳人がひっそりと文(ふみ)でも認(したた)めているかのような幻影を見てしまう。月光に誘われてふらふら歩いている間に、我が町であるにもかかわらず迷ってしまい、警察官から職務質問を受けたことがあった。月光を浴びて、いい歳の男が一人徘徊しているのを胡乱(うろん)におもったのであろう。

初出:2009年9月梅家族(梅研究会)