第558週~写文俳句

花間に隠れ居たるや恋の秘史

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桜の季節、特に風のない夕暮、小豆色の暮色が西の天末に煮詰まるころ、どんな凡景も掬い取って保存しておきたいくらいにその存在を主張してくる。そこには花があればなおさらである。冬の夕暮と異なり、春は暮色が段階的(グラデーション)に降り積もってくる。地上はすでに墨色が濃く積もっているのに、高度を上げるほどに残照が瀰漫(びまん)している。濃い夕闇の底から自ら発光するかの如く、花が立ち上がる姿は、思わず溜息を吐くほど艷麗である。

そんなとき花びらの重なり合う奥、花の間から覗く情景には、長い時間貯えられていた恋の秘史があるようにおもえる。花と歴史は切っても切れない間柄にある。春のめぐり来る都度、想いを託したにちがいない過去の人々の息吹が花の間から聞こえてくるようにおもえるのも、春を彩る花襖(はなぶすま)の奥に歴史を大切に保存してきたからであろう。

花襖心の隙間埋めけり

初出:2009年4月ほんとうの時代(PHP研究所)