十月、天はますます高く、空気が澄んでくる。
澄んだ空から、なんのスクりーンもなく射込まれてくる秋の陽射しは、時に残暑をおもわせるほどである。
だが、風のない穏やかな日、空に張りついて動かないような一面の鱗雲に秋の到来を知る。
あたかも魚鱗が輝くような無数の鱗雲は、空に心が寄りあつまっているようにも見える。
人間の心の反映が鱗雲であれば、人の世はきっと穏やかで、住みやすいにちがいない。
そんな鱗雲は長つづきせず、十月に入っても台風が襲うこともある。
秋の暴風雨は野分と呼び、台風ようりやや弱そうであるが、油断ならない。
日毎に陽が短くなり、夕焼けが濃く、赤く煮つまっていく。
それはあたかもその日の仕事を果たし終えず。未練の凝縮のようにも見える。
初出:2009年10月ほんとうの時代(PHP研究所)