カレーライスやラーメンを食している人を見ても、特に人生は感じられないが、蕎麦屋の客には人生のにおいのようなものを覚える。
蕎麦屋の客には人生のにおいのようなものを覚える。
蕎麦が好きなせいもあるだろうが、夕暮れ時、旅行鞄をかたわらにおいて一人黙々と蕎麦をすすっている客や、横丁のご隠居風の品のいい老人が蕎麦を肴に独酌でちびりちびりやっている姿には、人生の軌跡や、その人の生活史が滲んでいるように思える。
地方都市へ行くと、必ず、蕎麦屋を探す。うまい蕎麦を出す店は、店構えからして尋常ではなく、暖簾をくぐると、古格のある主人といずれも一くせありそうな客が屯している。そんな蕎麦屋の近くには、たいていうまい珈琲を出す店がある。
蕎麦と珈琲、なんだかセットになっているようである。おもえば人生のオアシス、蕎麦と珈琲程度で、やすらぎを見出す旅人は、幸せなのか、あるいはそれだけ思い荷を背負っているのかもしれない。
初出:2009年11月ほんとうの時代(PHP研究所)