第586週 写文俳句7月その2

戦雲のごとく立ちたり夏の奥

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いよいよ開幕を迎える灼熱の夏も冬と対応しており、その前提に梅雨がある。夏にイベントが多いのは、湿度の高い夏の暑熱を逆用して解放的なエンターテインメント化した日本人ならではの発想である。熱帯では考えられない発想であろう。日本の灼熱の夏は脆い。脆いがゆえに、やがて寂しき祭りに向いており、故人を偲ぶ絶好の季節なのである。機械文明に押されてかなり奥地へ行かないと見られなくなった蛍の幽玄な光に、死者の魂を寄託した発想も、日本ならではの夏があるからである。

夏に遠い想い出と永遠の郷愁を抱いている人の人生は、おおむね恵まれているであろう。我々の世代は夏に凄惨な戦争をはさんでいるが、その記憶すら、すでに遠い想い出の中に人生の起伏として織り込まれている。戦争によって親しい人を失い、その傷痕をいまだ背負いつづけている人にとっては、夏は残酷な季節であるかもしれないが、人間にはいやな記憶や、苦しい体験を償う忘却作用がある。決して忘れられない、あるいは風化してはならない記憶や体験も、時間の経過のうちに薄れていく。その作用が夏は最も著しいようである。(次週に続く)

初出:2011年7月梅家族代(梅研究会)