第630週 写文俳句5月その2

行く雲に心の行方我れに問い

五月は特に夜が匂わしい。夜空をさまざまな伝説を抱えた星座が、おもいおもいの陣形を張り、普段、星や伝説に興味のない人でも、ふと空を仰いで、忘れていた遠い物語をおもいだしたりする。星の海にまみれてあてもなく歩いている間に、勝手知ったる我が町で迷ってしまうこともある。

五月の夜はそれぞれの人生の伝説が生まれそうなロマンティックな予感を孕(はら)んでいる。寝静まっている街角にも、必ず一点や二点、窓の灯がまたたいており、きっとその家の住人も、五月の夜の匂いを嗅いでいるのかもしれないと想像をめぐらす。

だが、五月には五月病という厄介な病気もある。新入生や新入社員に発症する神経症的な状態を言うのであるが、この溌剌たる季節になぜ落ち込むのか。
はち切れそうな希望や野心をもって入学、あるいは入社した新人たちが、現実と夢のギャップをおもい知らされて、こんなはずではなかったと落ち込む鬱(うつ)状態である。世間や自然が光に溢れ、溌剌としていればいるほど、おもい描いた夢と、現実のギャップが開いていく。

私も大学を卒業してホテルに就職した当座、この五月病に取り憑(つ)かれた経験がある。末は社長か総支配人か、壮大な夢を描いて未知の土地のホテルに就職した私にあたえられた仕事は、フロントで客にキイを受け渡すことであった。

初出:2008年5月梅家族(梅研究会)